
6月10日
友達から誕生日プレゼントが届いた!自分でも若干忘れていたので驚いてしまった。
どんな気持ちで選んでくれたのかしらと思うと、ふふふ、ニヤニヤしちゃう。ありがとう。
テキストを書きました
デモのやり方を話す時の「怒り」の話です。

日本人はもっと「怒り」に慣れたほうが良いような気がします。 治安や政治を権力に委ね、従順な羊であることを己にも他者にも求め、「和を持って貴しとなす」などとしてきた結果が今なんじゃないでしょうか。
テキストをば…
政治のニュースを聞くとイライラするのに、後から知ってもイライラするので、結局見てしまう。しかしそうしてイライラしながらSNSを見ると、似たような人がいて、でも私じゃ思いつかないような行動を書いていたりして「ああ、そんな手もあるか!」と、パッと視界が開けたりして、感動して、またテキストを書いています。
ずっと文章書いているな。セルフケアなんだと思う。
6月9日
国分寺のギャラリーに絵を見にいく。
雨上がりの木々の青い匂いに包まれた公園を抜け、不思議な坂道を降りる。不思議なY字路に佇むギャラリーは、道路の真横なのになまるで森の中のようで、見に行った作品は、夢の中のみたいな不思議な作品で、なんというか、白昼夢を見ているような時間だった。日常に挟まれる非日常。楽しい。
「6月10日は良い日だと占いで言っていたしなあ!」と思って、機嫌よく1日を過ごしていたが、今日はまだ6月9日だという事を、1日の終わりに知った。まあ、楽しかったから、よかったです。
6月8日
熊が町に出没したというニュースを聞くとモヤモヤしてしまう。
熊がそのように、人のいるところへ出てしまう環境にしたのは人間のせいなのに、駆除(“駆除”!)するのも人間なのだ。「可哀そうだから殺さないで」とかいう話ではないけど、それはそれとして、可哀想だと思う。
社会運動と女性の話②(のメモ)
社会運動と女性の話を、まだ考えている。デモ参加者に男性が少ない(ように見える)と聞いた。
- リアルでもネットでも、女の人がぺちゃくちゃおしゃべりするノリで理解を深め合っている様子をよく見る。
- 男性社会は“勝ち”でつながるので、“このままでは負けてしまう”というつながりを作りづらい
- ゆえに、負けそうな状況と、“つながる”が結びつかない
…って感じなのかなぁ。ただの推論です。
この間、年配の男性にあったとき、労働組合の重要性と、昨今はその影が薄いという事を語気強めに言っていたのを思い出す。
一定以上の世代の人は、 終身雇用を基本とした会社という輪の中で、人と団結する経験値が高く、加えて、現役引退後の生活の余裕があり、その為、市民運動などに活動に参加する(し得る)ようになる、とか?
でも、やっぱり“女性はケア労働、男性は仕事でその腕を見せる”みたいな構造が、内面化されてるってのが一番大きい気がする…。 個人の意思だけじゃなくて、悪しき構造が継続しているという…。
家父長制の解体は社会運動の活性化につながるだろうか…。
というような事を考えていたら先日、友達が突然本をくれた。
なんでくれたんだろう。予言?

6月7日
松谷みよ子の、戦時中の暮らしを描いた短編を読んでいたら「苦しい中でも皆励まし合うようにして笑うのでした」という下りがあり、ふと、昨今のデモでオモシロ幟を作る人とかユニークなプラカを掲げる人などがオーバーラップして、なんかとんでもない気持ちになってしまった。
SNSにアップされる、モノクロになったかっぱえびせんの写真。ペンライトを持って国会前でされるピースサイン。
笑えないときも自分や他者のために人は笑う。しかしそれはやっぱり、「笑えないときの笑い」なのだ。

昨日、友達と長々と喋りながら、たびたび戦争の話になった。
帰り道、金髪の女の子二人がギラギラしたドン・キホーテの前で、「すぐAIに相談ごとをしてしまう」という話をしていた。
今朝、「AIで武器の性能が爆発的に上がる」というニュースを見た。
この間の国会前での、反貧困ネットの瀬戸さんのスピーチを思い出す。「支援の現場は焼け野原状態です」というような話。ペンライトや種々の明かりの中で、怒りに満ちた闇を感じた。
全く先の見えない暗がりと、あっけらかんと照らされた道、両方を同時に歩いているような感じがずっとしている。自分がどこを生きているのかよくわからない。
6月6日
遠方のイベントへ出かけようとしたが体調が死んでしまい、「それならば」と電車で少し行った駅の展示へ行こうとしたが起きられず、夕方、地元の駅で友達に会う。そんな日もあるよね。
社会運動と女性
社会運動とかの団体で”婦人部”とが”〜の女の会”というのが多いのは何なんだろうと思っていた。
色々勉強した結果、「男性は仕事で物を言う。でも女性だって家庭から声を上げるんです」(=基本的には女性は声を上げない)という歴史から来たのかな?という推論に至っている…。
いろんなところに行って色んな人に会いたくて、市民団体とかに足を運んでも「またここも…」と思うくらい男性がいないんだよね。
最近のデモについても、それをよく聞くけど、単純に無関心だということではないだろうと思っていて..。
女性には、個々人による団結と運動の歴史が脈々とあるが、働き方が変わってきた今、男性は会社以外に属する団体が少ない…という構造があったりするだろうか。
(ただ、私の周りの人は男女ともにフリーランスの人が多いので、会社員に対する私の解像度が低すぎるのが、なんとなくピンと来ない一因だとは思う)
6月5日
脱Google日記をまとめているけど、かなり長くなってしまい、今もし私に何かあったら最期の言葉は「みんなGmailをやめて」になるかもしれない。
運動で何が変わるか
人と政治の話をする。
「東日本大震災をきっかけに、明確に政治に関心を持つようになった」という話をしていたら、つい「あれから15年後が今か、と思うと、なんか呆然としてしまって」という言葉が口をついて出た。自分では気づいていなかったが、そうか、私はそういう気持ちだったのか。
「あれから何が変わったのかな。何だろう?何か、変わったんですかね?」と苦笑いをする私に「変わった。ちゃんと変わってるわよ。」と返した方の、柔らかくも強い眼光に気持ちを掴まれる。人と会うことの意味を見たような気がする。
テキストを書きました。

自由ではないネットと、リアルを至高とすることの特権性、エイブリズム(健常者至上主義)について。
6月4日
「なんでその名前」っていう芸名やペンネームの人いるけど、占い師のLove me doさんは、みるたびに本当に「どういう気持ちでつけたんだろう」と思う。
6月3日
新しく処方された眠剤のクチコミを見たら「悪夢がすごい」「幻覚がくっきり見える」などと書いてあり、戦慄。「悪夢と幻覚がすごいけど眠れる」という人もいたんだけど、どうなの、それは眠れているの???
結局、ビビって飲めなかった。
「解離性障害、なんです。」の記事を書きました

拙著「解離性障害、なんです。」のダイジェスト記事、第五回です。
今回は病院の探し方について。
自分でも解らない、人に説明しづらい、詐病を疑われる、など、診断にたどり着くハードルが相当高いと思っています…。気づいてない人もいるので、潜在的な患者数はだいぶ多いのだそう。うーん。
テキストも書きました

マイノリティにあてがわれがちな、一見肯定的な偏見の話です。
次の記事を書いています
いよいよ真面目に、わたし的脱ビッグテック日記を書き始めたんだけど「とりあえずGAFAMから離れる」というだけで代替サービスは“良さげ”みたいな基準で選んでるので、いざ書き始めると、あまり役に立つものとは思えず、まあ、でもいいかあ。
技術屋さんじゃないしな。がんばるね。
これまでの色々はここに書いてあるので良かったら見てください。面白いと思いますよ。

6月2日
最近、「あの頃はよかったなあ」とすぐ言う中年の気持ちを完全に理解してきましたが、いざ自分がその年齢になってわかったのは、「あの頃はよかったなあ」は「なんとなくいい感じの話がしたい」という意思の現れであり、「あの頃は良かった」かどうかはあまり関係がない。
デモのアピール
政治に興味無い人にアピールする方法が必要なのも、デモを怖がる人がいるのもわかるし否定はしないけど、それとは別に「権利を奪われてるんだから怒るよ」 「その痛みにさらに“配慮する努力”まで要るのかよ」 という気持ちもある。同じ気持ちの人に語りかけているつもりだけど「その言い方じゃ響かない」というのは、自虐的なトーンポリシングのようにも感じる。
派手なデモも地味なデモ (アクション?)も両方あると良いのだと思う。
嫌悪感を持つ人がいるのは承知の上で、怒りを伴った大きなデモはそれとして強い意味があるはずだ。
日本人はもっと怒って、怒りに慣れたほうがいい。権力に飼い慣らされることを、器用な立ち振舞いだと捉えるところから抜けないとだめだと思う。
アメリカに媚びる”ぴょんぴょん高市”が、これ以上ないほどわかりやすくそれを示してるじゃないか。
6月1日
たぬきケーキ
先日、お誕生日だったのですが、夫がくれた誕生日ケーキがすごかったので自慢しますね。

デコレーションケーキに…!!たぬきが乗っている。
さすがです。夫は私の好みを完全に掌握していると思いました。
誕生日は、大宮のさいたま市漫画会館で、北澤楽天の展示を見てきました。その話はまたあとで…。


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