私がどこでもいい

青い髪が、鳥のシルエットのように見える女性のイラスト テキスト
青い髪が、鳥のシルエットのように見える女性のイラスト

テキストプラットフォームのnote。使ってはいるけども、もう開いた瞬間にインプ稼ぎのウケ狙い記事と、生成AIのヘッダ画像がズラリと並んでいて、最近、自分が更新する時以外は開く気がなくなってしまった。
ああいう量産型のような記事が氾濫するというのは、プラットフォームの終わりの始まりではないだろうか…。
始まった頃は、個人ブログががたくさんあるみたいな感じで楽しかったのにな。

で、かつてあそこにあったクリエイティブな熱はどこにあるかというと、多分、リアルなイベントやZINEなんだろう。

どう繋がりを作るか、どうやって他者を知っていくかというのが生き延びるのに非常に大事な時だと思う。
資本家と数字稼ぎに乗っ取られたSNS、休む場所もない街。
現状、日本は完全に狂っているけど、とはいえ、程度の差こそあれ基本的に世界中がおかしくなっている。
資本主義から離れ、できれば国境もいっそどうでもいいことにして、信頼できる相手やコミュニティと、あらゆる方法でつながるのが今生きるために大事なんじゃないだろうか。決して夢物語じゃなくて。

そのためには、リアルで会って話すのベストだろう。しかし、だからこそ考えたい!
リアルを至高とすることの特権性、エイブリズム(健常者至上主義)について、だ。

だって、家から出られなかったら?コミュニティに馴染めなかったら?そういう状況の人にそれでも「やっぱり対面じゃなきゃ」と言えるだろうか。
別にリアルなやりとりを否定しているわけじゃない。ただ、それが出来ない立場の目線で考えたい。どういう環境でも試行錯誤できることがベストなはずだ。選択肢は多い方がいい。

そして、あえて大きいことを言うなら、おそらくは国家という単位からも離れたほうが良いような気がする。私は海外に住んだことがないけれど、少なくとも日本についてはそう思う。
今ようやく根付き始めたデモや様々な方法でのアクションについて、SNSで国外の人と応援をしたりされたりするのを見て「あっ」と思った。そこにこれからの未来を感じた。

フェイクもデマも、嘘の言い訳(?)すらまかり通る、国家が言うことの、何をどう信用できるだろう?
国ではなく、その国に住まう個人の目線で世界と繋がること。その方法を個々に考えることが今、一番現実的な生存戦略なんじゃないだろうか。

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