
8月7日
Xでの外国人ヘイト、すごい、悪化しててびっくりした。
平然と「外国人に戦略される」云々と書いている人たちを見ると、日本人は、自国が加害者だという認識を持つ機会がなさすぎたのかなと思う。加害側に立つという考え方自体に馴染みがないような感じがする。私も人のことを言えた立場じゃないけど。
とはいえ、こんなふうに憂いて嘆くだけなら、愚痴で止まっているのと同じだ。
デモなどの活動を揶揄する人らを“冷笑系”というけれど、知ったような顔をして「この国の先行きが危ぶまれる」とかえSNSに書いてるだけなら、こっちもこっちで“冷笑系”だろう。
諦めて、ため息をついて、それから、どこへどう踏み出すか考えないといけない。
生存の継続
何かを興すことより、途絶えさせないとか消さないという方に自分の関心が向いている感じがする。年齢もあるだろうけど、社会情勢によるものも多分大きい。
大きな声や言葉や、フェイクすらも用いて、物事が消されてしまう。それに抗いたい。
でも言いたいことはずっと同じだな〜。「死なないで」、だ。
いつもそればっかりだし、基本的には全部それ。
テキストを書きました
81年目の、原爆の日に思ったことです。

広島の平和記念式典の一方でミサイルにはしゃぐ防衛大臣。醜悪としか言いようがない。生活の営みの尊さも命を奪うことの重みもまるでわかっていない。
その軽薄さで生活を奪うな。即刻辞めてください。
8月6日
大学病院に行く。
早く着いたのでロビーでぼんやりしていたら隣にいた親子が、コンビニのおにぎりを食べながら「何にしようか迷っちゃった!いろいろあってうれしいね、食べられるようになってよかったね」と満面の笑みで話していた。たぶん入院かなんかで、好きなものが食べられなかったんだろう。
知らない人なのに「よかったね…」と勝手にしみじみしてしまった。
拙著お礼参り

ジュンク堂池袋店さん!!ありがとうございます!!
お隣さんも解離の本だ。医学書じゃない解離性障害の本が下の棚にも揃っていて、わあ、すばらしい。
必要な人に届くといいな。
8月5日
国家情報局の意見募集フォームがマイクロソフトだと聞いて、え?と思ったがホントだった。
何?間に合わなかったとか?
外からはわからないようにしてるのかなと思ったけどURLの部分も変えてないしサイト内検索はGoogleとバッチリ明記してあるしなんというか…。そう…。それこそ、こういう所をチームみらいはやるんじゃなかったんかい。
政府は国民を無視出来るのに、国民はあの政府を無視できないことをしばしば、不公平だ、と感じる。
拙著目撃情報

新宿 紀伊國屋書店さんにて「解離性障害、なんです。」があったというタレコミを頂戴しました。
おお〜、二冊並ぶこともあるんですね。前作も置いて下さっていて、嬉しい…。ありがとうございます!
8月4日
人に会う。自分が見てきたものと積み上げられてきたもの、それぞれのピースがぱちっと、ハマったように感じた。
落ち着かず、地元の駅の周りを無駄に散歩しながら帰る。
拙著お礼まいり

有隣堂八王子店さん!ありがとうございます。
8月3日
自著の紹介を書きました
「解離性障害、なんです。」ざっくり解説記事を書きました!

医療的な解説書だけではなく、苦しくても気軽に手に取って読める本が必要だ!…と思って作った作品です。ぜひ読んで頂けたら嬉しいです。
コスパからの眼差し
優生思想を肯定するポストを見てめまいがしてしまった。
「悪の可能性のあるものは潰した方がいい」というのはどこから来るんだろう。蔑む意味での「潰してしまっても良い」ですらなくて「潰すことが正しい」と思ってしまうこと。
以前、「今の人は損切りが早い」という話を聞いた。いわゆる、コスパ/タイパのような価値観で、わかりやすく有益であること以外にはさっさと見切りをつける、という話だった。
「世の中の役に立たなくても生きていて良い」というのは、”役に立つ”こと以外のものにも価値を見出してこそ言えること。わかりやすい“役に立つ”点しか目につかないうちは、それ以外の尊さは実感しにくいのかもしれない。
8月2日
障害のある人の家族が抱える切実な不安に寄り添う「親なきあと相談室」を社会福祉法人大分県社会福祉事業団(銅城義則理事長)が県内に6カ所設置している。
運営する6カ所の障害者相談支援事業所が窓口となり、養成研修を受けた相談員が家族の不安や悩みを受け止め、困り事を整理し、希望に応じて司法書士や社会保険労務士などにつないでいる。相談は無料で、匿名でも受け付けている。
これはいいなあ。こういう悩みこそ“自助”以外の協力が欲しいよね…。全国に広がったらいいな
テクノロジーと人権
AIが無秩序に使われるのも、ネットのプライバシーへの警戒感が薄いのも、人権の問題であるような気がする。
自分も他人も当然守られるべき存在だというのが、当たり前に認識されていたら、もっと我が身を守ろうとか進歩が他者への影響について考えるのでは…?浅慮だけど…。
でも“大切にする”というのは、大切にされる経験があって身につくわけで、今の情勢や、厳しい生活の中で“自然と”自分の権利を身につけるのは難しそうだな、とも思う。
こういう話を、思想が強いとか意識高いとか言われると、一瞬カチンと来るけど、ある意味ではその通りである。そうして、意識的に自分の思想を固めていないと、簡単に「思想が弱い」方へ流されてしまう。意識を高くしてないとやばいと思うから高くしている。それは事実だと思う。
8月1日
Xで大人気の反戦漫画「ハンセンのギャル男」がネットプリントにアップされていたのでいそいそと印刷しに行く。うれしい。

巻末にあとがきがあって、それがちょっと良くて、ちょっと、とても、良かったです
生活と花火大会
近所の花火大会を見…には行かない。近所の土手から見た。
いわゆる観覧会場ではないので、地元の人が時間になるとぽつぽつやってくる。家族連れ、カップル、1人で座っているおじさん、ほぼ花火と無関係に走り回る子供。
花火を見ながら、何ということもなくしゃべり、大きな花火が上がっては「おー」と歓声を上げていちいち会話が中断され、またポツポツ喋ったり、黙ったりする。いい時間。



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