日常のバグ、リアルの溶解線

イラスト。子供の顔が二つ。鳥のシルエットが重なっている。 テキスト
イラスト。子供の顔が二つ。鳥のシルエットが重なっている。

コーネリアスのライブを見に新宿に行った。本当に素晴らしいステージだった。
始まり方から終わり方まで全部完璧に整っていて、計算ずくの不安定さが規律正しく緊張と弛緩を往来する。切れ目なく蠢く生成AIの映像群は、整っているのに歪で、さながら時代の歪みに起きた“バグ”のようだった。

バッドトリップのような、グッドトリップのような、とにかく夢や魔法のような時間。余韻にふわふわしながら帰りの駅へ向かう。

歌舞伎町は、ビルも店も看板も、時間と無関係にビカビカ光り、合成音声の客引きの声が延々とこだましている。巨大なスクリーンに、“2.5次元”舞台の映像。手元のスマホで見るニュース。AIのためにゲノム情報まで収集されるという批判記事。その一方で個人情報の漏洩にはパニックになる。
“個人情報”ってなんなんだろう。ゲノムは、どうだろうか。

ほどけながら日常が狂っていく。まるでディストピアだ。
最近毎日そう思っている。

この日のコーネリアスのステージは、偽物=AIを使って、バグすら作品にしながら駆け抜けるような雰囲気で、なんだかそれが、今の世の中の不安定さと、そのうえで生きる人をコラージュしているように私には感じられた。
最悪だと思いながら眠っても、夜に見る夢は微妙に“最悪”じゃなかったりする。そういう、リアルな不安定さ。

その中で、人は踊るのだ。

そういえば、ライブ会場にはスマホのカメラ越しにだけステージを見ている人がいた。現場にいるのに画面だけ見ているとき、その人の“リアル”はどこにあるんだろう。

路上で眠る人の横を過ぎて新宿駅に向かう。私を追い越していったオシャレな人はスマホの中の自撮りの自分をじっと見ていた。平穏な毎日より不安定な情報にリアリティを感じている自分に気づく。

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