朦朧日記 – 2026年4月②

黄色の上着をきてパラソルをさしている女の子のイラスト。顔のすぐ近くにシマエナガが飛んできてびっくりしている。 朦朧日記
黄色の上着をきてパラソルをさしている女の子のイラスト。顔のすぐ近くにシマエナガが飛んできてびっくりしている。

4月17日

役所に行く用事があったので、猛スピードで仕事を仕上げて、終わるや否や、勢いよく自転車に乗り、勢いよく役所に到着。迷うことなく窓口に直行、スムーズに受付を済ませたら、必要な書類が足りないと言われ「はい!また来ます!!」と言ってスピーディーに諦めて帰った。

本の買取

VALUE BOOKSに本を売って「やっぱりブックオフに売ればよかった」と後悔するのを、もうすでに2回やっているのにまたやってしまった。「極端に悪く記憶しているだけで、そんなに悪くないんじゃないの?」とか思って、出してしまうのだ。そしてやっぱり「ブックオフに出せばよかった」と思うのだった。
喉元すぎると買取価格を忘れる。
ここに書くことで、この悲しみを忘れないようにします。

4月16日

この間、新しい服を買って夫に自慢したら「君らしくていいね」というニュアンスで「おー!変わり映えしないね!」と言われて面白かった。そうだね。

“デモには意味がない”のか

デモだとか抗議運動をことさらに憎む人は何なんだろう。どこからその怒りが湧くんだろうと思う。
思い出したもの、思いついたもの、気になったものなどのメモ。

『「空気」の研究』山本七平 | 文春文庫

「「空気」とはまことに大きな絶対権を持った妖怪である。一種の『超能力』かも知れない。」
「この『空気』なるものの正体を把握しておかないと、将来なにが起るやら、皆目見当がつかないことになる。」

現代日本でますます猛威をふるう「空気」という妖怪 誰でもないのに誰よりも強い「空気」。これは「忖度」そのものだ。

『「空気」の研究』山本七平 | 文春文庫
現代日本でますます猛威をふるう「空気」という妖怪 誰でもないのに誰よりも強い「空気」。これは「忖度」そのものだ。発表から四十年を経て、今こそ読まれるべき日本人論の名著。『「空気」の研究』山本七平

『白人特権 – 見えないナップサックを開ける – 』
『白人特権と男性特権 – 女性学の仕事を通して共通点を見出すようになった個人的な体験談 – 』

【論文レビュー】『白人特権 – 見えないナップサックを開ける – 』と『白人特権と男性特権 – 女性学の仕事を通して共通点を見出すようになった個人的な体験談 – 』 | ソーシャルジャスティスエデュケーションラボ
導入 今回はペギー・マッキントッシュの提唱した特権という概念について扱います。マッキントッシュは1988年に『白人特権と男性特権 - 女性学の仕事を通して共通点を見出すようになった個人的な体験談 - 』("White Privilege a

当の論文自体は読めてないんだけども、ここに載っていた、白人の特権のリストが差別の構造としてとてもわかりやすかった。勉強したことがある人には有名な論文なのかな。

デモや抗議行動を嘲笑する人は、こういう、主張しなくても生活ができる(「人より得をしているのではなくて、何もしなくて良い)という透明な特権に無自覚なのかなぁという気がする。

「差別する人の研究 ー変容する部落差別と現代のレイシズム」

差別する人の研究 - 株式会社旬報社 働く、学ぶ、育てる、暮らすなどがテーマ出版社
差別は「される側」ではなく「する側」の問題だ 阿久澤 麻理子 著

前に読んだ、これもわかりやすかった。
まあ理解するのもなかなか不快だったが…!なるほどなあ、と…。

そんなことを考えながら、いわゆる“左翼”の人に投げられた変なリプをあえてクリックして見てたら、おすすめタブがたちまち陰謀論と冷笑の人で埋まっていって、目を見張った。

SNSは幻想を増幅させる装置として、優秀すぎる。
下劣でセンセーショナルな言葉を人から引き出し、熱狂から幻想を生み出していく。
仲間がいるような幻想、正しいかのような幻想、根源的な悪者がいるという幻想。

実際の問題はひとつずつコツコツ解決していくものなのに、ありもしない“決定的な解決策”を探し、それを見つける権利を奪い合う。欲されているのは解決された未来ではなく、解決する”権利”のような気がする。

4月15日

夢にコアラが出てきました。ありがたいことです。

テキストを書きました

AIを使うことと使わないこと
納得いかないwebツールはなるべくボイコットしていますが、最近、単純にそういうことではないよなあとか思うようになっています…

AIを使うとか使わないとか言う話です。
「デジタルツールとの付き合い方を見直す事で、生活そのものを別の目線から見てみよう」というのが、このサイトとか『私にもデジタルが使える』という企画(?)を作り始めた発端だったので、「使うことと使うことの意味」というところに思い至ったのは感慨深いです。

使う理由も、使わない理由も、一旦やめて(やめようとして)みないとわからない事だったので、はじめてみてよかった。使う事と使わない事の両方を見て、ようやくスタートラインに立てた気がします。
しかしなんか、AIの進化も、SNSの劣化も、社会の悪化も、この一年ですごいことになったな。どうなるのかな。

あと、配信をやろうとか掲示板を作ろうとか、書くだけ書いて尻切れトンボになっているのでなんとかしたほうがいい…。書きたいものがたくさんありすぎる…。

4月14日

X見てると「ほら、やっぱりみんな政治に怒ってる」と思うけど、あれは政治に怒ってる人が行く場所であって、無関心だったり日和見な人は可視化されないので「皆こんなに怒ってるのになんで!(変わらないの)」と思ってしまう。
怒りたい人がさらに怒らされて怒ってるのがXだから…。Xを見て「世の人はみんな怒ってる」と思うのは多分ちょっと違うんですよね。

4月13日

戦争はだめとか法を守るとか、民主主義は数ではないとか、当たり前のはずの事を敢えて叫ばないといけなくて、しかも叫んでもどんどん無視されるって何なんだろうな。真っ当に生きるのがバカバカしくなってくる。

防衛のためには武器の保持も仕方なくて、日本の治安を脅かす外国人は危険で、圧勝した自民党を指示すべきと考えられたら生きやすいだろうか。
しかしそれでも結局、誰かを敵対することだから生きやすくはなさそう。

正しいと思っていたことが延々とスルーされていき、それに異を唱える人がいてもお構いなしで、バカみたいに人も街も資本の奴隷で、生きているのがつらいと感じることのほうが多い。
それでも自分の周りの人は真っ当なことを真っ当に訴えて生きているので、自分がどこにいるのかよくわからなくなる。
国益の増強を目指して国民が疲弊していくなら、誰が何を増強しているんだろう。パラレルワールドに迷い込んでいるような感じがする。

別に私は自分の思うように世の中が進まないことに自棄になっているわけでも、時代についていけていないわけでもないと思う。
人を蔑ろにしても良いというのが“時代”ならそんなものについていきたくない。

一番楽なのは、政治に無関心で、お上がなんとかしてくれると思って暮らす事だろうな。やらないが…。

4月12日

多摩動物公園へ。
初めてこの目でコアラを見てしまいました。写真で見ているだけでかわいかったですが、実物の妖精ぶりは尋常ではなく、感動のあまり写真を撮るどころではありませんでした。

木に抱きついて寝ているコアラ

インスタで「人生で初めて本物のコアラを見た」と書いたところ「コアラも初めてTokinさんを見たんですね」と言われて、唸る。文学を感じます。

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