
5月19日
国会前に連帯して、八王子の駅前アクション。
そしたら、同じ絵の人が、いらっしゃって、うっ、ありがとうございます。

5月18日
深刻なLINEの返信を待っていたら、全く関係ない友達から「散歩中に会った可愛い犬」というめちゃくちゃどうでもいい写真が来て、あまりの温度差に吹き出してしまった。そうだね、犬は、かわいいよね。ありがとうね。
差別について話すこと
差別もハラスメントも犯罪も、加害側が逃げ切れたらその被害自体が日の目を見ることはないのだな。
大小いろいろ、そういうことを立て続けに見聞きし、話した日だった。結構疲れた。
問題は、知られていなくても、なかったことにはならない。社会で起きている問題すべてを知ることは当然できないけど、“知らない”というのは、いつかの誰かの傷を踏んでいることすら“知らない”ってことだ。
私たちは無数の誰かの小さな傷の上を歩いている。
しかしながらというか、だからこそというか、ハラスメントや差別について話すとなると、自分もその場がなんとなく身構え、緊張感に包まれる。それは、「差別」という(ほぼ)絶対悪のものが、自分の身近に現れるからなのだと思う。
傷というのは、自分のものも他人のものも痛い。傷つけた/傷ついたというのを自覚するのもしんどい。痛みを背負いたくないから身構える。「私は違う」と否定すると体が固くなる。
人と話しながら「私は傷ついた」と声をに出してみたら非常につらかった。
「傷つけた相手はどういう気持ちなんだろう」と思うのもまた、まあまあ。
5月17日
お仕事報告
メンタルヘルスマガジン「こころの元気+」(NPO法人コンボ)5月号に漫画を描きました。
泣きたい時の私を襲う妖怪の話です!え〜ん、怖いよ〜!


web閲覧は賛助会員のみですが、一部の病院やカウンセリングオフィスなどでご覧頂けるようです。
お見かけの際はどうぞよろしくお願いします🐼
障害と就労のこと
障害がある人の就労の話とかしてると、本人の「今ここの問題」と、「あるべき未来」が語る人によってごっちゃになってるなぁと感じることが多い。
本人としては一刻も早く生活を立て直すことが必要なとき「無理に適応することない、あなたらしく」とか言われたら、理解どころか無理解に映るだろうな(私はそうだった)
自分が、学校に行けず仕事もできなかった時、いろんな人が「大丈夫。あなたはあなたらしく😌」とか言ってくれたんだけど、ありがたい反面「そんなに自分らしく生きたいならお前がやれや、私は仕事がしたいんだよ」と思ったんだよな。
でも今思えば、あの時のああいう言葉が「踏み外したくないけど、もし踏み外しても死なない」みたいな、保険になっていた気がする。
当時の自分のその余裕のなさと、いま、左派を嘲笑する人にしばしば同じものを感じることがある。
前に「社会に物申せるのは余裕がある人」と言ってた知人のことを時々思い出す。
5月16日
地味に悪化していた口内炎が全く良くならず、ご飯も食べられないしテンションが下がりまくってしまい、人生で初めて、口内炎を理由に予定をキャンセルした。
とか言いながら、近所でやっていた福祉事業所のお祭り?に行き、近所に来ていた知人に会いにいく。
しかし、食事が取れないというのはこんなにもテンションが下がるのですね!!もともと、あまり食にこだわりはないですが、生物なので純粋にエネルギーが足りないとダメですね!!!!食事に不自由のある人の気持ちがわかって、良かったです!!!みなさんも気をつけてください!!!どう気をつけたらいいのか私はよくわからないんですが…。
5月15日
AIと生活
推しが告知画像に生成AIをばりばり使っていて、むむむ…。
ブラウザだのスマホだのメールだの、次から次へとAI機能が追加されていって(というニュースが入ってきて)うんざりする。便利さを求めるも求めないのも私の自由なのに、勝手にご用意される便利さに、判断をする余白が奪われていく。
生成AIは人の著作物をがんがん吸収していくし、うがー!もう便利じゃなくていいよー!!
…と思うけど、実際それによって救われてる人もいるんだよな…。
自分の身近なところでも、発達障害の人が思考の整理にAIを使っていたり、記憶障害の人が、タスク管理をAIに任せていたりする。それによる生活の質の向上は相当のものだろう。
ビジネススキルがどうのこうのとか、加速主義を過剰に助長する便利さには疑問があるけど、生活におけるマイナスをゼロにするのもまた、技術の進歩だ。(本来、開発側はその側面を推していると思うのだけど)
要するに、ざっくり“AI”というデカすぎる主語で考えるのがよくないのだろうな。
そんなのは、テクノロジー界隈の人はもうわかってるんだろうけども…。
俺はニワカなんでよう、やっと気づいたんだよう。まあ、いいんです、いいんです。
人間、いまが一番young、younger、youngest。
5月14日
プライバシーとは
国会情報会議なるものは、これまでの個人の病歴や、本来守られるはずの個人情報保護法の範囲からも情報を収集するとのこと。

内閣官房幹部は調査対象者の税、医療・福祉、教育に関する個人情報について、必要に応じて提供を受けることも除外されていないと説明。個人情報保護法の規定により、目的外利用が認められるケースもある。
自衛隊とも連携するんだって。

国家情報会議に関し「自衛隊との連携により、正確な政策判断や部隊運用に資する画像情報が提供される。総合的な分析と評価が質、量ともに充実する」と述べた。
保護される個人情報なんてあって無きようなものじゃないか。
手放す、卒業する
毎日少しずつ物を捨てている。
これは捨てて、これはメルカリに出して…などとやっていたらだんだん面倒になってきて、ずっと躊躇われていたものも、やっと手放した。
「もう関係ない」と割り切ろうとしても、割り切れなかったけど、割り切れなくても手放して、新しい物を迎えないとね。
「またね」のないお別れだ。では、お元気で。
5月13日
国旗損壊罪なる馬鹿げた話に憤りつつ「そこまでして口を塞ぎたいのか」と呆然としてしまう。
毎日毎日なんでこんなふうに怒らないといけないんだろう。
小さな日常とか可愛い絵をコツコツ描いて、素朴にXに載せてた頃がもうずっと前のように感じる。
テキストを書きました
前回書いた、津久井やまゆり園の献花の会から、考えた事いろいろです。

5月12日
色々あって、日本のメンタルケアへの普及度がいかに遅れているか痛感する機会があり、あんまりにもあんまりで(?)いっそ笑ってしまった…。
欧米ではセラピーを受けるのは普通のことで…とかいう話は「そういう文化なんだな」とか思ってたけど、単純に、理解と浸透度が日本より進んでる、という話だったのか…。
インバウンドの人に坐禅が人気と聞いたけど、なんかわかる気がした。メンタルケアに限らず、ほんとに良くも悪くもガラパゴスなんだな。
5月11日
森を作る木になる
障害についての、ある市民団体のミーティングにお邪魔する。話が進むに連れて、穏やかな空気が少しずつヒートアップする様子に、いいぞいいぞ、という気持ちになる。
帰り、夕方のきつい日差しの中、山に囲まれた道を喋りながら駅へ向かう。湿度を含んだ森の匂いが非現実的に感じられて、少しふわふわした。

スマホに届いていた仕事のメールは、まるでさっきまで話していた内容を受けたかのような内容で「うわー、リンクしてるなあ」なんて思って胸がはずむ。
福祉や障がい者施策の話に関わるいろんな人の話を聞いていると「ああ、本当に、餅は餅屋なんだな…」と感じる。 窓口で支援する人、現場の人、説明を作る人、それを分析する人、作品で表す人、経験を話す人。
皆が何かのプロフェッショナルでなんだか、すごいなあ。
私は漫画を描きます。


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