好かれるとかウケるとか良作とか

三人の人が一列に並んでいるイラスト。前の人に四角い箱を被せようとしている人。それに気づかず、やはり前の人に箱を被せている人。箱をかぶらされてびっくりしている人。 テキスト
三人の人が一列に並んでいるイラスト。前の人に四角い箱を被せようとしている人。それに気づかず、やはり前の人に箱を被せている人。箱をかぶらされてびっくりしている人。

どうやったら人に見てもらえるものが作れるか、という話をしていると、自然といかにSNSでウケるかという話に流れていく。しんどい。注目や評価を求めるのは作家なら当然だと思うけど、それが、権力に気に入られることとイコールになってるのが、すごく嫌だ。
良いものを作ってもアルゴリズムに乗らないと表示すらされないとか、国旗損壊罪だの国家情報局だのだって、同じだ。資本家や国家に気に入られないものが色んな形で排除されていく。

萎縮は文化の交代を招くがその場の経済は潤うのかもしれない。ただ、経済的な価値と文化の成長はイコールではない。数々の名作は、より数々の駄作から生まれてきたし、最新の表現は、旧式の表現から生まれるのに。
答えだけを求める手探りの行き着く先は、インスタントな表現の氾濫だろう。

しかしそういうインスタントな表現の動画を作ってその座についたのが現首相だと思うと、なんつーかもう、さもありなん、だなあ。文化ってなんだろうな。

今あちこちで足りないのは、積み重なってきた時間へのリスペクトだと思う。
国がずっとヨイショヨイショしているアニメだって、過去の映画やアニメやいろんな文化に影響されて出来てるのに、そういった、今に影響を与えてきた過去の営みはあまり大切にされていない。

創作とは違うかもしれないけど、憲法に対する姿勢だって同じだ。80年続いていた理由とそれが守ってきたものたちの重みを考えたら、おためし改憲とか「時代によってアップデートしていく」なんていう軽薄な発想は、出てこないはずだ。

ほんとに日本を守るとかこの国の文化が大事とか思うなら、今と、この先だけではなくて、今に至るまでの時間とも向き合ってほしい。眼に見えるわかりやすい“日本人らしさ”ではない、通底音として流れてきた歴史の積み重なりがあるでしょう。

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