
2月28日
馬鹿にするとかじゃなくて、ごく謙虚な気持ちで知りたいんだけど、現政権を支持してる人たちは戦争で人を殺したり殺されたりというのをどう考えてるんだ?それもやむなし、と許容し得るということ?昨日Xで「現代は情報戦とかになるから、武力云々の戦争にはならない。武力の保持は牽制のため」と書いてる人がいたけど、それは絶対使われないと本気で思ってるということ?
“支持者”といってもいろんな人がいるんだろうけど、武力の保持については、なぜそれを良しと思えるのか、根本的にわからない。
もし隣にいる人が「安全のためなら人を殺すのも仕方ないよね」と言ってたらギョッとするでしょ。それと何が違うんだ。
2月27日
意見が違った時、カチンと来るとか、反論したいとかではなく、話してると「自分が間違えてるのかな、直さないと😰」と萎縮してしまう相手が時々いる。
なんでかなと考えていたら、友達から「なんでその人が正しいという前提なの?」と言われ、なるほど…。
相手の意見が絶対だと思うと、その他の意見はダメ、って構図になるから、それが萎縮の原因なんだろうな。
しかしこれも、私の意志が弱いからって気もするんだよなあ。
言ってることは正しいのになんかカルト的な感じするな」と思うのって多分これなんだろうな。
私は人生でたびたび“導いてあげたがる人”にタゲられてきたので、なんかもう…そうならないようにしたい…。
2月25日
漫画を描く。やはり描くのは楽しい。
真剣なことをくだらないネタで描けると、自分の才能にうっとりしてしまう。
「解離性障害、なんです。」1話の紹介
1話のチラ見せをnoteに掲載しました。
話したくない事を聞かれた時など、焦ると私は咄嗟に「大丈夫」と言って突破する癖があります。でもそれがまさに解離的な対処なのですね…というはなし。

しかしここで、私の現地最新レポートをお届けいたしますと、自他境界がはっきりしていると「大丈夫ではないので私はそれに対して対応ができない(したくない)」という意思表示が出来るようです。
みなさんは知ってました?私は最近やっと知りました。
2月24日
喫茶店で作業をしに行ったけど、隣の席の二人組が『同僚の虚言癖の答え合わせ』という激アツトークを展開していて、気になりすぎて何も集中できなかった。
本「『新しい市民協働』を拓く」向井清史

不安定な時代に、ジワジワと増えつつある市民協働のかたちとその可能性について。
興味深かったけど自分には読み慣れない文体で、読むのに苦戦してしまった。
ボランティアでもなく共同体のような繋がりでもない、いわゆるローカルなゆるい繋がりは、身の回りでも増えているように感じる。
が、私はそういう曖昧な繋がりに苦手意識がつよいので、語られている希望に納得する部分もあったけど「いや、まあそうだが…」とモヤモヤする部分も多かったかなあ。
2月23日
春のような陽気!しかし騙されてはいけない!
だいたいこの時期は寒さの揺り戻しが来るのだ。うっかり衣替えなんかした日には「うわー、セーターもうしまっちゃったよ」と途方に暮れることになるぞ!みんな注意してくれよな。
講座「人気雑誌から見る日本のマンガ史」
…というイベントを聞きに調布まで🚃
明治大学の宮本大人教授による、戦前の子ども娯楽雑誌から、少年/ 少女誌、ヤング誌…と現代に至るまでのマンガ雑誌とその背景についての講義。
こども・若者カルチャーの中でそれぞれの作品や雑誌そのものがどう見えているか、作品だけでなく目次や欄外、掲載スペースなどなど各所から読み取れるというのはとても興味深かったです。別記事にしました。
2月22日 猫の日
猫の日ですってね。

“エモンズ”
今やっている“『宇宙刑事ギャバン・インフィニティ』の悪役が、エモンズという名前なのだと知る。
もし最後に彼らが溺死なんかしたら、そう、それはもうデキシード・ザ・エモンズ。中の人にファンがいることは確定と言えるだろう。(そう?)
マッチポンプのSNS
Xがトレンドに「〜という発言がXで話題に」など見出しをつけてるのを見るたびに「〜と俺の中で話題に」というネタツイ構文を思いだしてしまう。
アルゴリズムで焚き付けて、燃えないものも勝手に燃やされているのだ。マッチポンプ炎上プロレス。みんな乗せられちゃだめだと言いたい。
2月21日 ロックンロールはアタシの血
高円寺HIGHにて、デキシード・ザ・エモンズと50回転ズのツーマンライブ!

会場前に、革ジャンやマッシュルームカットやパンクスタイル、60年代ファッションのお客さんが集っている様子がすごい“高円寺のライブハウス”って感じでちょっと面白かった。
50回転ズ、生で見るのは初めてだったのでファン層を全く知らず、思いの外ヤングで、モッシュも辞さない感じのテンションだったのでドキドキした。
両バンド共に、コントや落語のような本人たちのMCのテンションと、演奏のキレっぷりのコントラストがすごく、笑って歌って踊って感動して最高だった。ライブは心と体に良いです。
2月20日 手を繋ごうとすること
同じような志でいても馬が合う人となんか違う人がいる。
何が違うんだろう?と思っていたんだけど、たぶん、敵を設定して繋がる関係だと、自分は嫌な気持ちになりやすいなと気づいた。
何かを守るために何かを批判する時って、「守る」ことに寄りすぎると極端に保守的になってしまうけど、「批判」に寄りすぎると、批判そのものが団結の理由になってしまう。
「批判できない人は排除しても良い」というムードができると、私は「この棘の矛先はいずれ自分にも向くかもしれない」と思い始めて、うまく話せなくなる。
意見の分断やめちゃくちゃさに戸惑いはずれど、他の価値観に対して「ああ言うふうにならない為に」とか言いながら、仲間認定できる人だけに手をのべるのは、無意識の格下げ仕草だ。
「このままでは悪くなる」と予言のように吹聴するのは、手助けでもアドバイスでもなく“脅し”に近いと思う。
ただ、そういうのは良くない、と思いつつ、私もやってしまうんだよな。気づくたびにハッとして反省するけど繰り返してしまう。仕方ないと割り切って、いちいち反省しようと思う。
拙速だったり、一言で刺すような言葉が溢れてるからこそ、無駄でもちゃんと自分の言葉で話したい。
それは多分、相手のためと言うより、自分の為。自分の、戸惑う気持ちや考え込む時間も大事にしたい。
2月19日
平川病院の造形教室にお邪魔する。
いろんな人と会って話して作品を見て、胸がいっぱいになって、ご一緒した方より一足お先にそそくさと帰ってしまった。
心の震えを持ち帰りたいような気持ちがあった。

魔法って、特別なものではなくて日常の中にラメみたいに散りばめられているものなんだなぁと感じる。
それは必ずしも美しいものではなくて、鈍く光るものだったり、眩しくて正視できないものもある。直接見せていただいた作品は、いずれも目を通さずに直に心臓に届くようでクラクラした。
制作において、昨年後半から続いていた問題に、最近ようやくピリオドが打てた。
やっと終わったというか、やっと始まったというか、オセロのように、伏せられていたものが開いて次の方向を指し示している。船を降りた私は次の船を作る。
大丈夫大丈夫。
2月18日 超富裕層のきもち
ニュース。今の日本の経済構造は、ほとんどごく一部の超富裕層で構成されている。とか言う話。
深刻なんですが、いや、しかしですね、私は単純な好奇心として“超富裕層”はどんな暮らしをしてるか見てみたいと、前からずっと思っています。格差や分断への問題意識ではなく、羨望や嫉妬ですらない、シンプルな、ミーハー心です。
書いたらまた長くなったのでまた記事にしました。もう1日1ページ日記にした方がいいのかもしれない。
2月17日 『のらくろ』と戦争
「わかりやすさばかりが優先されるのはよくない。拙速な言葉でものを話すのはやだ」などとSNSに書いた数時間後に「『のらくろ』はプロパガンダ漫画」とか書かれているXの投稿を見てしまい、悲しい気持ちに…。
書いたら長くなってしまったので記事にしました。
2月16日
なんか微妙な連絡をもらって、一日中、微妙な感じに苛まれてしまったが、良い連絡もあり、多少中和された。えいえいおー、だ!
高尾山で、怨念のように「悪縁を断ち良縁を繋ぐ」と唱えたのできっとだいじょうぶ。
2月15日
高尾山。遠くに富士山がばっちり。すごいすごい。

今まで通りは、どこまで通り
社会情勢の変化に右往左往して「それでも粛々と“これまで通りの日常”を続けるのだ」という気持ちと「もう全然違う気持ちで暮らさないとだめだ」という気持ちとの間で毎日グラグラしている。
でも、たぶんもう前者ではいられないな。“今までと同じ”で行ったら、多分自分は順調に排除される側に追いやられて生活に困って、普通に詰むと思う。
だから、困りごとの多い人はいま、連帯した方がいいだろうし、連帯とかが無理な(私のような)人の為のことを、私はやります。
2月14日

バレンタインを画策していたのに購入に失敗して曖昧になってしまった。ああっ…。
高層ビルで空が小さくなる
東京が「富裕層の植民地」に-建築界ノーベル賞・山本理顕氏「ヒルズ型」再開発を批判
「富裕層というか、『新自由主義』信奉者の植民地みたいだ」「再開発は、地域の人たちに対して全く役に立たないものを作っている。地域のコミュニティーを壊している」
東京のあらゆる場所が「再開発」と称して、同じようなテナントばかりで無駄に超高層なビルになることには、個人的に「助けて」と言いたいような気持ちがある。
市民運動もそうなんだけど、こういうことを専門家の側からもっと強く言う人が出てきて欲しい。
今すぐ役に立つわけじゃないものについて
IT関係の技術やツールについて、日本には「先んじて使う」「使いこなす」には積極的だけど「先んじて開発する」に対しては積極性が薄いと書いてあるテキストをみて、はあ、なるほどなあ〜と思った。
他国のことはよく知らないけど、日本が基本的に作ることに消極的なのはとても感じる…。
技術や芸術や(プログラミングとかも多分そう)、何かを作ることについては“得意な人が粛々と続けるもの(お金がなくても)”という感じ。支援が出るのは経済活動に直結することがほぼ確定されてからで、価値はあるけど、すぐ経済に貢献しないものを国がバックアップするというのも殆どないような。
「アニメやマンガを世界に!」というのも、政府が主導するものに関しては、個人的に“おまゆう”みたいな目で見てしまう。目的は経済を活性化させたいということで文化の保護にはないだろう、とか…。
一部の人の「子どもを産めない夫婦を国が支援する(?)必要はない」論とか、優生思想とかもなんとなく連想してしまう。わかりやすい意味がないものは認められない。
同調圧力や団結を重んじる価値観は“パワー”と相性がいい。団結に直結するパワーは素晴らしいから、直結しないものは軽んじられる。
2月13日
本を読んでたら「西欧」を「西荻」と空目して二度見してしまった。
中央線の人あるあるじゃない?ない?の?
個人情報のゆくえ

Googleに限らず、自分の情報がどこに渡るかが見えない所が怖い。 プライバシーポリシーに「関連企業に提供することがあります」と書いてあっても、“関連企業”の定義もわからないし。 企業として予想外な情報漏洩はニュースになるけど、「予想内」の情報提供はされてるんだよね。
Androidに引っ越してから、なるべくGooglePlayじゃなくてF-droidのを使ってるけど、連絡や仕事のアプリとかはどうにもならないのが!なんとも!
潔い人なら「私は使いません(ビシッ)」と言えるのかもしれないが…勇気と思い切りがない…私は…。
LINE交換はなるべく断ってるけど、結構ギョッとされるので、まあぎょっとするよね。私ならするわ。
2月12日
新しい漫画を描き始める。楽しい。頭のネジを緩めると手にエンジンがかかる。ウヒョヒョ。
本になりたい!なりたい!!!!
とはいえ出版関係の情勢の厳しさを見聞きするたび「マジで自著が電書で終わってしまうかもしれない」思って切実に胃が痛くなってしまう…😢
自力で出せるなら力技で行けるかもだけど、そうはいかないのがなんとも…

2月11日
武田砂鉄さんのラジオのゲストに大友良英さんが出ていた。障害のある人たちとつくる音楽会の話をしていたんだけど、ホントに楽しくやってるのが伝わってきてすごく良いトークだった。
大友さんの穏やかだけど真摯な話し方がすきで、ラジオとかにで出てるとなんか嬉しくなってしまう。

つたえることば
SNSでの短文のやりとりに難しさを感じる場面が増えた。
丁寧なやりとりというのはお互いに「伝えよう」「受け止めよう」という気持ちがある程度ないと成立しにくいのだな、と改めて感じる。
いろいろ思いついてSNSに書いては消し、また書いて…としているけど、ちゃんと受け止めてほしい言葉はちゃんと推敲して書かないとダメだ。






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